お話を伺ったのは、徳島県神山町にお住まいの遠國優(さとる)さんと悠子さんご夫妻です。おふたりは、おもにすだち・柚子・柚香(ゆこう。柚子と橙の自然交配種)を栽培する「和柑橘とおくに」を営んでいらっしゃいます。おふたりにとって神山町はIターンの地ですが、いまではすっかり地域になじみ、古民家暮らしも愉しんでいらっしゃるそう。「みんなの習慣」の読者の方もきっと関心がある、いわゆる「田舎暮らし」と「古民家暮らし」。そのあたりのことも伺えればと思い、今回インタビューを受けていただきました。
Q.日々暮らすなかで習慣にしていること、大切にしていることはありますか?
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悠子さん
古い物を大事にしています、ピカピカの物ではなくて。以前、インテリアショップに勤めていたのですが、その頃からずっと同じです。だから、古民家暮らしにも自然に興味、憧れがありました。
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優さん
古い物を大事にする、といっても、家には手を加えているよね?
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悠子さん
いまの家を借りるとき、「何をしてもいい」って言っていただいたから(笑)。この家はもともと大工さんのおうちで、釘や端材も置いていってくださったんです。もったいないので、それを使って少しずつ何かをつくったり、家に手を加えたりするようになりました。でも、最初につくったのはキャットタワー。海まで出かけて拾った流木でつくりました。ちょうど保護猫を迎えたときだったんです。それからネコのベッド、棚づくりと続いて、気が付けば今はDIYが、なくてはならない趣味になりました。
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優さん
僕は、大工さんが心を込めた家に手を加えるのは忍びない、というタイプ。家の改造? みたいなことといえば、ふすまを外して2部屋を1部屋にした程度です。
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悠子さん
私は、材料が近くにいろいろあると「もったいないから使おう!」と思うタイプなんです。ここは、そういう気持ちが自然に湧き出る環境だなぁ、と思います。植物の蔓(つる)で手編みのカゴをつくる方が近くにいらっしゃるんですけど、それができる環境や発想はとても豊かだな、と感じています。そういうイベントも、ここ神山町ではたくさんあるんです。
前は「手仕事をしよう」とは思ってもいませんでした。でもいまは、カゴを編んでいる様子を見せてもらったり、梅酒を漬けたり、柚子味噌をつくったり。梅酒に使う梅はご近所の方がくださるんです。神山町で暮らし始めて最初の年はお断りしたのですが、2年目からはあの時のことを思い出すたびに「なんてもったいないことをしたんだ!」と悔いるばかりです。
北麓草水
悠子さんは、Iターンやいわゆる「田舎暮らし」を満喫されているご様子ですね。
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悠子さん
私は理想どおりの田舎暮らしをしています。古民家に住みたくて住みたくて、ようやくたどり着いたのが、ここ神山町でした。
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優さん
私は長年農業とは無縁の人生でしたが、自然のなかで仕事がしたい、という思いが、どんどんふくらんできまして。そこで、各地でトマトやお茶、オリーブなどいろいろな作物の栽培を教えてもらい、経験を積みました。
妻の希望の暮らしや古民家住まいができて、私の夢だった本格的な農業もできる。ふたりの希望が叶う場所を、1年間全国を回って探しました。そして、ふたりにとって「ちょうどいい」って思えたところが神山町だったんです。
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悠子さん
神山町の人がね、本当に良かったんです。とにかく皆さん、声をかけてくれます。散歩に行ったら誰かとしゃべらずに帰ることはまずない、っていうくらい話しかけてくれるんです。お野菜をいただくこともあるし、想像していたとおりの田舎暮らしができて、みんなが私たちのことを見知ってくれている。それを、とてもいいなぁ、と思います。私は環境だけでなく、人にも本当に恵まれています。
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優さん
そのあたり、地元の皆さんとのこまやかなおつきあいは、誰とでもすぐに仲よくなれる妻にお任せです。私はとにかく農業に専念したい、すだちに向き合っていたいとばかり思っています。だから、話すといえば、農家の先輩後輩、同業の仲間がほとんどですね。話題もほぼ農業のことです。
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悠子さん
農業という仕事をとても丁寧に、几帳面にしている。それが彼らしいと思います。
その他に大切にしていること、習慣にしていることはありますか?
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優さん
日課ですね。農作業を黙々と続けていても、午後4時には仕事を終わらせ、家に帰るという日課。すべては子どもとお風呂に入るためです。そのために、早朝から畑に行って仕事を始めていますから。実は、農作業をしているだけで、私は日々スッキリする、気晴らしをしているのですが、それでも子どもと一緒に風呂に入る、毎日17時からは至福の時間です。
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悠子さん
子どもが楽しそうだし、誰より本人が楽しんでいます。でも、それは私も同じです。どんなに忙しくても、子どもと向き合って遊ぶ時間をつくることを大切にしています。仕事と家事で追われるように過ぎていく日常でも、子どもと真剣に遊んで、一緒に大笑いすることで癒されます。
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優さん
子どもと過ごす時間は、身体の疲れもリセットされるように感じますね。ただ、ほとんど毎日、子どもの面倒を見ているのは妻なので、そこは察したいと思っています。
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悠子さん
私が「そろそろ一人になりたいなぁ」と思っていると、それを見計らったかのように、彼が「行っておいで」って言ってくれるんです。だから、私も「え? いいの?」と笑顔になってしまいます。
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優さん
察することで、夫婦も家族も、ほかの人間関係もうまくまわっているのかな、と思います。農園には若い人がアルバイトに来てくれるのですが、「将来は何を目指しているの?」「進路はどうするの?」と、若い人たちの関心事を察して話をする。丁寧な言葉でなくていい、どんな言葉づかいでも構わない、できるだけ近い存在でいたい。せっかく出会えたんですから、つながりを大事に、長いつきあいができればと思っています。
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悠子さん
最近の子たちの考え方を知るというのは、いい勉強にもなります。休憩時間には、私がつくっているすだちのお菓子を、おやつ代わりに試食してもらったり。もとはお菓子づくりの経験ゼロだった私ですが、すだちの美味しさをぜひ広めたいと、農薬や肥料を使わないウチのすだちを使って、しっかりすだちの味がするタルトを商品化しました。これからも、夫が丹精込めて育てたすだち、和柑橘を使って、新たなご当地菓子を開発していこうと思っています。
これからの夢は、「日本一のすだちの生産地で、いつでもすだちとその加工品を味わえるような場所をつくりたい。徳島のすだちのお土産といえばコレ! というような名産品をつくりたいです」と明るく宣言してくださった悠子さん。優さんは「農業をやめざるを得なかった人たちから受け継いだ農園、果樹農業をバトンのように若い世代に渡していきたい」とおだやかに、力強くおっしゃっていました。
ちなみに、おふたりが「とにかくこれがイチオシ!」というすだちの使い方は、「真夏にスポーツドリンクに搾り入れること」だそう。皆さんもぜひ、お試しください。悠子さん、優さん、このたびはありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。(2025年6月6日公開)