• みんなの習慣

    vol.135

    NPO法人れいほく田舎暮らしネットワーク 移住相談員

    佐藤恵さん

    今回ご登場いただく佐藤恵さんは、高知県の真ん中にある嶺北地域で、空き家の発掘から移住相談、クラフトマーケットの主催など、多岐にわたる活動をされています。また、イトウメグミ名で作家活動(絵画)もされています。実は佐藤さんご自身も、東京から高知へご家族と移住されたおひとり。今では地域にしっかりと根を張られました。いつもにこやか、それでいて、すっと背筋が伸びるような芯を感じさせる佐藤さんに、日々そして人生の過ごし方を伺いました。

    日々暮らすなかで習慣にしていること、大切にしていることはありますか?

    • 佐藤さん

      大切にしているのは絵を描くことです。「生涯絵を描き続けること」が画家を目指した高校生の頃からの夢であり、どんな状況下でも心の支えになってきました。東京にいた頃は仕事が忙しすぎて筆を持つことなど、まったくできなかったのです。三子に恵まれ、子育てにもまっすぐ向き合いたかったので、絵を描くことは後回しにしていました。

      性分なのでしょうね、常に誰かの世話をしながらここまで来たので、筆を持つ時間がなかった。いえ、もしかしたら、時間は割けたのかもしれません。けれど、「絵は描かなくても暮らしていける。わたしがいますべきことは」という考えに強くとらわれていたのか、絵筆を持つ気持ちにはなれませんでした。子育てから少しずつ手が離れているいま、これまでの渇きを癒すように描いています。

      北麓草水

      展覧会もされるそうですね。
    • 佐藤さん

      地元の土佐町にある「とさの森美術館」で、「クリエイティング・ウェルビーイング」という研究発表展示が開かれました。そこで私の絵も展示していただいたのです。

    • 北麓草水

      とても興味を引かれるテーマですね。
    • 佐藤さん

      日本とイギリスとフィンランド、3か国の高齢者の方の暮らしぶりや生きがいが紹介されました。それぞれの国で、生きがいを感じる場面に共通点があるのです。展示には、ご覧になった方にも「生きがいって、幸福ってどういうことだろう」と考えるきっかけにしてほしい、という意図があります。

      私自身の人生にも、幸福について考え、悩んだ時期がありました。のびのびと育ててもらった子ども時代は悩みなどなく、明るく過ごしていました。その後、親の介護をした時期があり、結婚して夫と二人三脚でパン屋を営み、さらに子育ても加わって、とにかく忙しく日々を過ごしていた時期があり。パン屋の経営はかなり順調だったのです。順調のあまり立ち止まることができず、「これがいつまで続くの?」と息切れしていたように思います。始めた頃は望んだ暮らしだったはずなのですが。

      そんな折に東日本大震災があり、子どももいることから非常に恐怖を覚えました。そして、夫の強い希望もあって、土佐町に引っ越してきました。引っ越してからは、暮らしにしっかり根っこを生やそうとしていた時期もありましたね。ご近所、地域の皆さんがとても温かくて、すっかり溶け込むことができたと思います。

      そんな折、家族の死に直面しました。悲しみはとても深く、言い表すことはできません。クリエイティング・ウェルビーイング展では、そんな私の内実を描いた絵を展示しました。心の闇ともいうべき悲しみに取り組んだ絵を見て、同じように感じて涙される方もいらっしゃいました。「描き続けてよかった」と心から思いました。

      北麓草水

      絵を拝見しました。明るさと不安感、懊悩が表されているように見え、幸せと悲しみは隣り合っているのだと思わされました。
    • 佐藤さん

      巻物をイメージして、和紙に顔料で、右から左へと私自身の半生を描いていったのです。土佐町は和紙の原料になるコウゾやミツマタの産地、というところにも縁を感じました。オクスフォード大学の人類学研究者であるローラさんのおかげで、フィンランドとイギリスでも絵を評価していただけて、6月にはヘルシンキで、7月にはロンドンでも展示されることが決まっています。

      北麓草水

      土佐町の方やローラさんをはじめ、佐藤さんは人とのご縁に恵まれているだけでなく、それをとても大切にしていらっしゃる気がします。
    • 佐藤さん

      はい、とても大切です。私の信念は「邪な計算はしない」ということです。私の幸せを突き詰めていくと、毎朝家で起きて、子どもたちを起こして。庭で花が咲いたことに喜んで、摘んできた山菜の皮をひたすら剥く、そういうことなんだって、わかってきたのです。

      自分さえよければそれでいいのか、幸せにつながるのか。いや、そうではない。自分の幸せを、恵みを、お裾分けして循環させたい。幸せな時間と関わるために生きている、そう強く思っています。

    その他に大切にしていること、習慣にしていることはありますか?

    • 佐藤さん

      「書き止めノート」です。実現できたらいいなと思うことを、気の向くままに書いています。家のリノベーション案も書けば、よい言葉を書き写しもする。「海外で個展を開く」「年に1度は海外に行って、暮らすように旅をする」「子どもたちが大きくなったら、それぞれの住まいを順繰りに、2週間ずつ訪れる」とか。

      北麓草水

      「海外での個展」は実現しましたね。
    • 佐藤さん

      そうなのです。しかも、イギリスは憧れに憧れていた、ロンドン・ソーホーで。

      絵を描き上げるまでには自分を見つめ直し、そのたびに悩みや悲しみを思い出し、暗い淵に立ったような感覚にもなりました。けれど「いま頑張らなかったら、いつ頑張るの?」「やるしかない!」と、自分自身を鼓舞することもできた。書き止めておくと、意識よりもっと深いところに思いが根づくのかもしれません。

      北麓草水

      佐藤さんがされるリノベーション、とても気になります。
    • 佐藤さん

      元は倉庫として借りていたところを購入しました。まずは、とても気に入ったドイツ製のキッチンユニットを入れ、次に夫の思い出の薪ストーブを移設するなど、数年かけて少しずつリノベーションを進めました。業者さんや大工さんとのやり取りは大変だったけれど、家族にとって「ここが帰る場所」って、強く思える場所をつくりたかったのです。コロナ禍のために家で過ごすことが増えてから、ますます熱心になりました。

      同じ四国の高松市にすてきなお花屋さんがあるのですが、そこのガーデンデザイン講習も受けました。器用な友人にも手伝ってもらって、庭に30~40種の草花も植えて、いまでは欠かさずに手入れしています。

      北麓草水

      佐藤さんには「バイタリティ」という言葉がぴったりなように感じるのですが。
    • 佐藤さん

      自分ではそうは思っていないのですよ。1日中配信動画を見ていられるタイプですから。もう一人の自分、だらける自分ですね。そういう日もないと暮らしていけない。けれど、だらけていると「それもいいけど、大事なことを忘れていない?」という、また別の自分の声が聞こえてくるのです。絵を描き続けることができたのも、その声に呼び覚まされたからです。

    最後に「やりたいことを見失っていた時期もあったから、いまは『ここぞ』というとき、手綱を放さないようにしています」とおっしゃった佐藤さん。「ヘルシンキもロンドンも、『期待し過ぎかな』と思っていたところに決定の知らせが来たので、手放さずにあきらめなくて、本当によかったです」とにっこりされました。展覧会のご成功、心から願っています。佐藤さん、ありがとうございました。(2026年6月3日公開)