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    vol.126

    山梨大学准教授

    中村高志さん

    山梨大学工学域国際流域環境研究センター

    山梨大学工学域国際流域環境研究センターで、地下水の流れや水質を調査研究されている中村さん。良質な水資源を持続可能な方法で活用するために邁進していらっしゃいます。国内、そしてアジア各国から要請を受け、水資源の探索や地下水が湧くかどうかの予測研究などもされているそうです。さらに、学生の教育指導や大学の運営、社会貢献分野の仕事もあり、忙しい日々を送られています。忙しさのなかでも毎日をすこやかに過ごすために大切にされていることを伺いました。

    Q.日々暮らすなかで習慣にしていること、大切にしていることはありますか?

    • 中村さん

      意識しているのは朝の時間です。自宅は茅ヶ岳という山の麓にあるのですが、朝は窓を開けて音を聴く。雨や風の音、鳥や虫の音など、とにかく何も考えずに敢えて聴きます。時には家のまわりをブラブラ歩くこともあります。頭で考えることが多い職業で、そのままにしておくと、感覚で捉えたり、身体を使ったアウトプットができなくなったりする。それが怖いので、朝は敢えて何もしないフリーの時を持ったり、人工物から離れたりするようにしていますね。仕事が忙しくなってからは野外調査にあまり出られないので、特に大切にしています。

      北麓草水

      山の麓と伺うと、開いた窓の向こうに緑の木々がある風景が思い浮かんできます。
    • 中村さん

      環境の研究をしているからでしょうか、自然を取り入れないと軸がぶれるような気がします。データばかり見ていると、視点が数字の平均値に寄ってしまうのです。けれど個々の環境はすごく違っています。春に鳥がさえずりはじめるタイミングとか、夏にセミが羽化するタイミングが毎年違うわけですよね。そういう「外れ値」は環境の個性であり、とても大事なものだと思います。平均というのは、言い換えればただ数が多い、という話です。でも、平均から離れているもの、外れているものというのもあって、それには個性とか特徴的な何かがあるはずなんですね。外れているというのは決して悪いことではなく、とてつもなく良いことが潜んでいるかもしれないんです。既成概念に捉われず、新しいことを想像したり、発見したりするのには、こうした個性を見逃さないということが大事なんだと思います。エクセルで数値だけの平均を求めるのではなく、グラフを書いて、平均的なものと大きく外れているものを見極める。そういう手法でも研究をしているし、学生にも指導しています。

      北麓草水

      中村さんご自身は、学生のうちから研究を始められたそうですね。学生時代は遊びたい盛りかと思うのですが、研究に夢中になったきっかけはどのようなことだったのでしょうか。
    • 中村さん

      恩師にその気にさせられました。ちゃきちゃきの江戸っ子で、口数が本当に少なくて多くを語らない。指導の時も目標だけ与えられてやり方は学生任せ、「わからなかったら聞きにおいで」というスタンスです。ただ、作業内容は教えてくださるのですがそれ以上は教えない。自主性に任せると言ったらありきたりかもしれませんが、「いくらでも失敗していいよ」というのが先生のスタイル。学生のやり方がうまくいった時は、ニッコニコと自分がしたかのように喜ぶ、そういう無邪気な方です。一方、学生は自分でトライアンドエラーをしないと前に進めない。結果としては半分くらい失敗して、もう半分くらいが成功、またはそれ以下の時もあります。ただ、うまくいったときの感動は、圧倒的に失敗の時の気持ちを超えてくる。それがよかったのだと思います。

      北麓草水

      今は中村さんが学生さんを育てる立場になっています。ご自身の経験は、やはり生きていますか。
    • 中村さん

      それは意識しますね。正解だけを求めて来るのではなく、まずやってみて、自分で右往左往しながら道を拓いていく、というスタイルのほうが学生にとってはいいかな、と思っています。ルーティンワークは毎日まっすぐ効率的でよいのですが、研究や新しいことを開発する時は右往左往したほうが絶対おもしろい。目標もいい方向に変わっていく。それが大切ではないかと思い、学生には敢えて色々なことに取り組んでもらっています。

      北麓草水

      研究には社会的要請に応えるという責務もあり、同時に研究者がやりたいことを突き詰める表現の場、という側面がありますね。
    • 中村さん

      研究をアートと需要の間のように感じることがあります。「研究はアート」って、よく言われているのですよ。特に数学者の方は「美しい式をつくる」と言ったりする。まさにアートです。微生物学者や生態学など、生き物をずーっと見ていると、すごくアーティスティックに見えるようになるそうです。得体が知れない、既存の概念ではないもの、私たちがわからないものを見ようとしていくと、絵画風に、それもどういう意味なのかわからない絵に見えてきたりすることがあるのです。画家の絵を見ていると「なんでこういうふうに描くのだろう」と思うことがありますね。あれと同じように、生き物や自然も「なんでこうなるんだろう」と色々な想像をする。想像が刺激になる、それがたまらなくおもしろいです。

      北麓草水

      意識的に頭をからっぽにする時間もありながら、無意識で自然を取り入れている時間もある、ということになるでしょうか。
    • 中村さん

      そうですね。受け入れるチャネルが違うのかもしれないですね。想像をめぐらす時には自分の持っている感覚や知識以外の刺激が必要なのです。ランダムに起こる自然現象の刺激、雨が降った時の音とか匂いとか、雨の降り具合とか、川の水量の変化とかを眺めていると、環境で何が起こっているかを実際に想像する時に勘が働くというか、思いも寄らない想像をする時がある。環境で起こることの原因はひとつではなく、複数の要因が複雑に絡み合ってひとつになっているので、視野をものすごく広くして、多面的な思考をするようにしています。「これ」って決めつけないで。

      北麓草水

      「決めつけない」というお考えは、話をされている間ににじみ出る中村さんのお人柄、柔軟さに現れているように感じました。

    Q.その他に大切にしていること、習慣にしていることはありますか。

    • 中村さん

      考えることが多くなりすぎたからといって、じっとしていても人って何かしら考えてしまいますよね。ですから、何か作業をしてそれに集中している時が、思考から解放される感じがします。無心、ということでしょうか。農作業でもDIYでも、手を動かしている時に一番頭が休まる感じですね。最近ウッドデッキをつくったのですが、たいしたことを考えなくてもできます(笑)。図面さえあれば、木材を切ってクギを打てばよい。あれこれ想像をめぐらせる必要がないので頭がラクになるんですよ。

      北麓草水

      身体を動かすことに意識を移して、あれこれ考えるのを止める、ということでしょうか。
    • 中村さん

      そういう感覚ですね。家庭菜園もやっているのですが、土を耕して、苗を植えてといったシンプルな作業も同じです。休みの時はシンプルな作業の繰り返しをしたくなってしまいます。身体を動かすことに意識をもっていって、脳を休める。地域の草刈りなんかも楽しくてしょうがないです。「絶対きれいに刈ってやろう」って。

      北麓草水

      ひとつのことに集中しているとほかのストレスがとれる、というのは誰にでもありそうですね。
    • 中村さん

      私の仕事には4つのミッション(研究、教育、大学運営、社会貢献)があり、最近は特に忙しくなりました。通勤は自転車でしているんです。車でも部屋のエアコンでも、便利なものを使っていると五感が相当鈍くなる。環境の特徴とか、社会の小さな変化を捉える感覚が鈍ってしまうなぁ、と思って。自転車通勤を始めたとたん、もうアップダウンがすごい。「坂ってこんなに起伏があるんだ」ってセンサーがさっそく働いて。行き交う人の様子も日々違いますし、街によって風景も全然違うんです。車で通っている時の10倍くらいに感じられますよ。

    趣味の家庭菜園は、畑ではなくバケツから、自分で土をつくって始める。バケツでは根がやられたと見るや、コンテナに替える。トライアンドエラーを繰り返し、近隣の農家さんが様子を見に来るまでに収穫量を上げる。好物のお肉もキッチンではなく、キャンプ用のストーブを使って屋外で焼き、どれだけおいしくできるか、やはりトライアンドエラー。「喜びの源はひとつではありません。遊びと学びがくっつくんです」という言葉が印象的でした。実は、北麓草水のスキンケアの水が、富士山の標高1700メートル地帯にある、針葉樹の原生林を源とするものであると突き止めてくださったのも中村さんでした。これからもどうぞよろしくお願いします。今回はありがとうございました。(2023年7月24日公開)